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チェルノブイリ放射能によるベラルーシのこどもたち

ベラルーシの小都市でこどもたちの治療を30年間行ってきたスモルニコヴァ博士の報告

2013年のIPPNWの国際会議で発表

 

福澤啓臣

 

映画「ドイツの選択」の第2次撮影旅行終了

3月25日から坂田雅子さんとベラルーシ、ウクライナ(チェルノブイリ)、さらにドイツ国内の最終処分場候補地のアッセ、シャッハト・コンラッド、モースレーベン、ゴアレーベン、さらにロットバイルの様々なプロジェクト、最後にダッハウ強制収容所を回り、1か月以上の撮影旅行を終了しました。

福澤啓臣

 

出版:『チェルノブイリ30年とフクシマ5年は比べられるか』

拙著が2016年2月末に桜美林大学の北東アジア総合研究所から出版されました。 定価1000円+税。ISBN978-4-904794-59-3

お読み頂けたら幸いです。

福澤啓臣

映画「ドイツの選択」の撮影旅行終了

10月15日から30日までの撮影旅行を無事に終えました。みなさんに大変親切にして頂き、インタビューも充実していて、大変実りある旅でした。テーマは

1)反原発運動と脱原発

2)再生可能エネルギー:バイオガス発電、太陽光発電、小水力発電

3)ドイツの過去への反省(特に学校教育において)

 

福澤啓臣

 

映画制作「ドイツの選択」

10月半ばから坂田雅子さんの映画制作にプロダクション・マネージャーとして協力することになりました。坂田さんはこれまでベトナムにおける米軍のエイジェント・オレンジ作戦による奇形児の問題、さらに世界の核爆弾による被害者を取り上げています。今回はドイツが日本と違い、脱原発、再生可能エネルギーの大幅な普及への道を選んだ社会的、歴史的な背景を探ります。坂田さんの直接の声をお読みになって頂けるとうれしいです。

ぼくの現在の活動と昔からの映画(撮影)への興味が一致し、さらに坂田さんと意気投合し、お手伝いをすることにしました。いろいろとお世話になると思います。よろしくお願いします。

 

福澤啓臣

日独国際シンポジウム「日独エネルギーシフト、パート2」

7月8日午後5時から桜美林大学四谷キャンパスで第3回国際シンポジウムを行いました。福澤のプレゼンのPPTを載せます。お読み頂ければ幸いです。

福澤啓臣

 

 

チェルノブイリとフクシマは比べられるか

「チェルノブイリの子どもたち」財団(ミンスク)の招きでイースターの休みにベラルーシを訪問しました。日本とドイツの市民団体の方々と一緒でした。青少年のためのサナトリウム、ベルラド放射能安全研究所、移住村などを訪問し、大変興味深い旅になりました。現地の皆さんの話をお聞きし、チェルノブイリの被害がなぜ甚大な規模になったのか、その原因をかいま見た気がしました。そこで印象が新鮮なうちに旅行記を記し、福島第一の事故の将来の規模との比較可能かを検討してみました。お読み頂ければ幸いです。

Rede von Gennadij Grushewoj

 

福澤啓臣  2015年12月4日

 

HTCによるバイオマス発電

昨年の夏以来HTC(過熱蒸気炭化方式)によるバイオマス発電のノウハウをドイツから日本に移そうと力を尽くしています。生ゴミ、木材チップ、畜産し尿などのバイオマスを200度の温度と20気圧のHTC装置に入れますと6時間から10時間で炭ができ上がります。このバイオ炭は燃やすして燃料にもなり、土壌の質の向上にも、さらに汚水処理にも使えます。詳しくはこちらのビデオクリップをご覧下さい。日本語のパンフと英語のパンフもございます。

福澤啓臣

日本のエネルギーの将来?

1)現在の再稼働をしない状態を続ける。再生可能エネルギーに全力を傾ければ、15年か20年後には充分原子力エネルギーにとって代わられる。石油が安くなっているが、円安が続くと、貿易赤字はこのまま続くか,拡大するが仕方がない。

2)期限を切ってより安全と見なされる原発に限って再稼働をする。15年か20年後にはずべて廃炉にする。その間に再生可能エネルギーに全力を傾ける。

3)全面的な再稼働に踏み切る。脱原発の期限を切らない。原発新設も辞さない。再生可能エネルギーにはあまり力を注がない。

詳しくはこちらをお読みください。

福澤啓臣  2014年12月10日

 

 

「長崎、チェルノブイリ、福島からの教訓」高村昇氏(長崎大学医学部教授)の講演

11月30日(日曜日)にベルリンのウラニア()のホールで長崎大の高村昇教授の講演があり,聞きに行ってきました。こちらの無知で、どんなことを話すか多少は期待していったのですが、下のウィキペディアの掲載内容と同じことを言っていました。長崎大は原爆の被爆者の方々の追跡調査を長年行ってきている上に、チェルノブイリにも61回も調査に行っている。その研究成果を踏まえた上で,福島の汚染はひどくない。それなのに、住民の方々は変な似非学問の情報に惑わされて、心配し過ぎだと、厚顔無恥にも言うのです。そんなことを講演するためにわざわざベルリンまで来るなんて。それとドイツ人の同僚の教授(Prof. Hajo Zeeb)が日本政府は膨大な予算を使い除染をして、世界に類のない帰還政策を押し進めていると誉めていました。もちろん僕なりに反論してきました。つまり、あなたの言っていることは,日本政府の見解と同じである。これまでウソばかりついてきた政府と同じ路線の学者の主張は信用できないと。あなたの同僚の山下俊一の発言(笑えば,放射能は怖くない)と変わらないじゃないかとも。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%9D%91%E6%98%87

長崎大学は院生の折田真紀子さんを保険師として福島県の田村町に送り込んで、常駐させ、リスクコミュニケーション(住民の方々に心配ないというために)をやっています。彼女も昨日講演会に来ていました。

ウラニアの主催者が最後に科学的にきちんと研究された報告を聞くことができて、幸いであると述べていましたが、これもひどいレベルでした。来場者は30人ほどでした。

 福澤啓臣   2014年12月1日

 

日本とドイツをまたぐ再生可能エネルギーの旅

フェルトハイム訪問の後すぐ10月14日に日本に行きました。20日からFriends of the Earth Japanの吉田明子さんの依頼で、ドイツのBUND(54万人の会員を擁する環境団体)の理事たち二人と福島原発告訴団の代表でもある武藤類子さんの案内で、三春町で女性の方々と集会をしてきました。さらに川内村を訪問し,16km地点の山の上から福島第一の1号から4号炉、さらに左隣りにある5号炉と6号炉を見てきました。翌日は福島県庁に行き、「沈黙のアッピール」を3年間続けている佐々木慶子さんの案内で知事の成田秘書課長と会い、知事に要望書を提出してきました。その後東京に戻り、翌日は衆議院会館で菅直人氏と1時間会見をしました。そして来年BUNDが反原発とエネルギーシフトについてシンポジウムをするからドイツに招待したいと管さんに伝えたら、選挙とぶつからなければ、行きたいとの答えでした。やはり解散の風が微風ながらすでに吹いていたのですね。その後は衆議院会館で「ドイツのエネルギーシフトと市民参加、核廃棄物最終処分場問題」について院内集会をしました。管さんも熱心に聞きに来ていました。

彼ら二人がドイツに帰った後、10月30日にドイツからのバイオマス専門家の二人と山形県長井市に行き、彼らのレインボー・プラン(10年以上前から5千軒の家から生ゴミを集めて,堆肥化している)にバイオマス発電装置(生ゴミから発生するガスを燃やして発電する)を付け加える可能性について市長とレインボー・プランの関係者と話し合いをしました。市長は積極的でした。先週の日曜日に選挙があり、同市長は再選されましたので、将来有望です。翌日は岩手県の森林の町で有名な住田町に行き、森林組合の方々と会いました。そして11月1日にワークショップを開きました。福島県の飯舘村からも亜久里コーヒー店のご主人と一緒に4人も参加してくれました。

11月3日には桜美林大学の北東アジア総合研究所主催で「日独のエネルギーシフト」についてシンポジウムをしました。再生可能エネルギー関係で有名な飯田哲也さんにも声をかけたら、スピーカーとして参加しくれました。盛会でした。講演原稿(PPT版)「日独のエネルギーシフト」を載せます。

懇親会で飯田さんがとなりに座り、日曜日からボンで再生可能エネルギーの国際会議があるので、ドイツに行くと言うのです。偶然にベルリンの斉藤さん(昨年山本太郎さんや廣瀬隆さんとドイツの廃炉訪問をし、さらに今年は春に3人の日本人がシェーナウのStromurebelen賞を授賞した際の代理人)からシェーナウに通訳で行ってくれないかという依頼が入っていた話をすると、では最初から同行してという話になりました。20日の朝早くボンに飛び、21世紀にむけた再生可能エネルギー政策ネットワークの国際会議「Renewables Academy 2014」に参加。翌日は「Regions in Germany, Europe and the world show 100% RE is reality today」に参加。ドイツの再生可能エネルギーの発展にはエネルギー協同組合が大きく貢献していることを知る。次の日はフライブルクでそのエネルギー協同組合についてレクチャーを受ける。夜にバスでシェーナウに到着すると,伝説的なスラデック夫妻が出迎えてくれる。翌日はかれらの協同組合が経営しているバイオマスによるバイナリー装置を見学する。昼ご飯の時にウーズラ・スラデックさんから日本の反原発と再生可能エネルギーの普及運動に多額の寄付金の申し出がある。午後はシェーナウのエネルギー協同組合の歴史と経営形態についてのレクチャーを受ける。

最後の日は皆さんと分かれ、フライブルクの友人の案内で,フライブルクのエコ地区(Vauban)を見学する。

という訳で、この4週間は反原発と再生可能エネルギーの日々でした。

福澤啓臣    2014年11月25日

 

これから何をするか?

2011年9月に始まった「絆・ベルリン」のボランティア活動はこの5回を持って一段落したと言える。我々ができることは本当に少なくなった。ある意味で復興が新しい段階に入ったと言え、喜ばしいことだ。これまで皆さんのサポートによってここまで支援活動を続けられたことに感謝いたします。

大震災、特に津波で破壊された地域には大きな問題が山積している。経済的な問題は構造的な面があるので、そう簡単に解決できないであろう。過疎化の問題もある。工事材料と復興費用の高騰をもたらしつつある東京オリンピックもある。三陸地方でも家を建てようにも材料費と工賃が高くなったので、今は見送りし、早くて2,3年先になるだろうという話をよく聞いた。これらの大状況に対して我々にできることはまずない。しかしこれからもベルリン・ハウスのある上長部の方々、長泂仮設住宅の方々、大槌町の伝承館の方々,「遠野まごころネット」の方々とは交流を続け、復興の進展を見守っていきたい。それと「翼」(岩手県の高校生をベルリンに招待するプロジェクト)もできるだけ長く続けていきたい。

最後に一言。2011年3月11日の大震災が残した最大の問題はフクシマである。原発事故そのものが収束していないだけではなく、チェルノブイリにおける低線量被曝による晩発障害に関する報告を読めば、これから放射線汚染による病気疾患は福島と近県で増えていくだろう。政府の進めている除染後の帰還政策はそれに対立している。両院で多数を占める現在の政治状況では安倍政権の原子力推進路線を変える力はどこにも見あたらない。だから、地域の反原発運動に参加すると同時に、日本の仲間と一緒に次の三つのプロジェクトを微力ながら進めていきたい。

1)独占的な電力会社から地域が自立し、発展するために再生可能エネルギーを使った市民発電所を多くの地域に作るために、我々はエネルギーシフトを先に進めているドイツのノーハウと経験を日本に紹介する橋がけとなる。

2)移住を望む福島の方々に日本で過疎化が進んでいる地域(限界部落)を紹介するネットワークを作る。そして移りやすいように便宜を図る。

3)福島の子どもたちを放射能に汚染されていない地域に一定期間疎開させる。少なくとも年に数週間の保養プログラムに招待する。

                                       2014年8月20日

福澤啓臣

日独原子力問題国際シンポジウム

桜美林大学の四谷キャンパスで2014年5月7日に上記のシンポジウムを開きました。案内のチラシと講演原稿「ドイツから見たフクシマ」を掲載します。

福澤啓臣